因果応報とはブッタが説いた「因が応じて果が報う」という言葉からなる仏教で用いられる言葉である。現代の実生活にも強く根付いて広く知られている考え方であろう。かく言う私も強く実感する機会は多く、自己の過失に基づく不利益に対してはこの考え方でもって省みるようにしている。しかし、その因果応報の考え方を持たないナポレオンみたいな人が世の中にはこんなにもいるのかと思う機会が昨今多い。
文体変えて遊ぼうと思ったんですけど、難しかったのでもうやめます。最近、お前の辞書に因果応報って言葉ねえの?って色々なところで4,5回思ったんですけれど、どうでしょうかって話です。
先ず、職場。先日、お仕事に不安を抱えてらっしゃる事務方の方が月末業務で辛そうにしてたので、「僕も仕事回ってなくて大変ですが、12月にも入るので踏ん張っていきましょう!」的なことをお伝えする機会があったのですが、帰ってきた言葉が「あなたより仕事回ってないです!絶対!」みたいなんでして。すれちがい通信じゃんって思わされました。あれ、これが因果応報ってことは、俺もすれちがい通信しちゃってるってことですかね。TOKYO通信だと思ってました。この話終わりにします。
次に、職場。客先から無断で商品切り替えられてたりとかが多発している県、じゃなくて件。前の勤務地ではそんなになかったんだよなあと思いつつ、これに関しては俺因果応報的なことはしてないと思うんです。いや、売り上げに貢献できる提案をできてない俺自身、ひいては会社自体への因果応報ということなのか!?客先と供給元なんて絶対に覆せない主従関係で繋がってるもんで、そんなことしちゃうと果が報っちゃうぞ☆彡て思う次第です。無理やりそっちに持ってったけど、これも別に因果応報なことじゃないし、なんなら自分に返ってきそうなので終わりにします。
次に、自分が入っているラインのグループ。って話をしようと思ったんですけれど、ローカルルールとかつぶさに説明すると冗長の極みになるのでこれも終わりにします。
ということで、何も証明できませんでした。でも、自分を省みることもしないでよくそんなことできるな~って人多くないです?西の表現をするならば、ようせんわってやつ。要は自分がされて嫌なことは他人にしちゃだめだよってことじゃないですか。これを守れてない人多くない?守ろうとする人に生き難い世の中じゃない?ってすごく思うんです。
一方で、因果応報エピソードを書き連ねようとして分かったことがあります。因果応報だぞっ☆彡ってのは人に押し付けちゃダメなんだなということです。自省に扱う時とひっそりと他人を呪う時に使うもんなんだなと。だから今夜は事務方の方と客先と押しつけの凄い人を想って寝ることにします。悪夢を見れそう、魘されそう。そんなわけで、最近忘れてませんか、因果応報。