昨年ふとした時に気づいたんだけれど、飲み会をあんまり多くしない生活に移行してみると、飲み会のお誘いだったり、他の人との予定が無用にダブル以上のブッキングする機会だったりが多い。人の活動している時間は朝起きて夜に寝る以上、行動時間が似通るのは当たり前のことなのだが、他人と会いたくなる周期も似たようなタイミングがあるのだろうか。
上記は2つの説があると思っていて、1つは普通に似たようなタイミングに人に会いたかったり、人と酒を飲みたくなっている説。これはいろんな行動周期があるにせよ、社会生活を営んでいると月末月初があって、会社の周期やお金の周期でそうなっている感じ。そりゃ自由に使えるお金が多くない月末近くに飲み会やろうぜ!って気持ちになるのは相当な気がするし、なんとなく妥当性は感じる。
そう考えると、月に2回お金の入ってくる周期があった大学時代っていい生活をしていたなと思う。まあ、遮二無二の結果ではあるんだけれど、結構幸せだったなと今になって思う。やっぱり青春は無敵で、学生という身分はもっと無敵の装備なのだと思う。
もう1つは、飲み会をあんまり多くしないことが周囲にも伝わって、相手が適切なタイミングで誘ってくれているパターン。それこそ学生時代は飲み会のモチベーションがそこそこに高かったから、自分から飲み会を企画したりなんてのは多くあったのだけれど、最近は人の誘いを待っている機会が多い。そうなってくると、なにかしらの折とかに声がかかるタイミングに予定は集中することになるわけだ。そこに飲み会以外のなにかしらの予定が入っていると…みなまでいう必要もなくダブルブッキングが発生するわけだ。
予定を絞ってキュッとした結果、色んな楽しみの機会を1つ失うなんて、ちょっと皮肉だと思う。人にはそれぞれの優先順位があって、その優先順位を侵すことなんてそうそう容易ではないのだけれど、親密な関係ほどそういった順位付けを超越した何かを生み出している気がする。
昨年、特に年末を経て、厭世観は宙を舞い、なんだか別の感覚を齎している気がする。刀Yだ。このまま思考を巡らせていたらなんかちょうどいい感じに新しい考え方に到達しそうな気がしている。「何かが起こりそうな気がする そんな目線 そんな視線」だ。
ご当地檸檬堂の道民のしそレモン味が美味しい。そんでもって、変な記事を書き上げさせてくれた。