彼女たちにしか分からない世界が、そこにはあった

  男女の友情があーだこーだと以前に書いた記憶はあるけれど、結局「そんなに成立しないでしょ。俺はできるけど。」という結論で締めくくった記憶がある。その認識は今でもそんなに変わっていないし、なんなら両手でぎりぎり数えられるくらいの年月を経て、同性であっても長い友人関係を続けることすら難しいのでは?とすら感じている。

 

 話は変わるが、「オタサーの姫」という言葉を知っているだろうか。男性を中心とする(特にオタク趣味と呼ばれる)趣味の媒介とするコミュニティに紅一点で参加する女性を指す言葉で、姫の様に崇められている様からそう形容される。現在では、物語の舞台装置や属性としても利用される程度には一般的になっている。と僕は思っている。

 

元来、僕は趣味を他の人と共有することがそんなに得意ではない。進んでひけらかすことは無く、相手方が趣味とリンクする話題を振ってきた時に、ある種隠し玉のように話すことが多いような気がする。「え、そんなに好きだったの!?」みたいな顔をされることが多い気もする。それ故、そういったコミュニティに参加する意欲が無い。

 

ただ、思い返してみると、別にそういったコミュニティに参加するでもなく、自然発生的に「オタサーの姫」のようなものを作り出したことがあるなとふと思い出した。今回はそのことを書き腐っていこうと思う。

 

 

 中学3年生の夏頃だったと思う。中体連を終え、行き場の無くなった坊主を2週に一度手入れしていた頃だという記憶が微かにある。小中と同じクラスメートの女子が普段の他愛の無い会話の中で、ふとこんなことを言い出した。

 

「アカネのミルタンクが倒せない。」

 

 発売から6,7年ほど経過したポケモン金銀の話だった。聞けば、兄のおさがりの銀バージョンをやり始めたらしい。とかそんな話だった気がする。

 

確かにアカネのミルタンクといえばポケモン金銀における最初の鬼門だ。最初の手持ちとなる御三家のポケモンはオスで貰う確率が非常に高く、メスしか存在しないミルタンクの「メロメロ」で行動を封じられる。かつ、「ふみつけ」によるひるみ、そして回を重ねるごとに威力の上がる「ころがる」。ちまちまダメージを蓄積させても「ミルクのみ」で回復され、いわゆる「受け」が完成する。非常に厄介な敵だった。

 

多くの人は、レベルを上げて物理で殴る選択で切り抜けただろうが、御三家ポケモンヒノアラシを選んでいた場合は、他の選択が必要だ。当時の僕は、御三家ポケモンを尋ねた。と思う。

 

チコリータを選んだけど、前のとこで捨てた。」

 

僕はめのまえがまっくらになった。曰く、前のジムで倒されまくった後、無能の烙印を押し解雇したらしい。彼女は続けて現在の手持ちのエースはオオタチだと自慢げに話していた。これはどうしたものか。

 

 その時、一緒に会話していた同じくクラスメートのりょうくんも数秒思案した後、「きんにくを交換してもらって戦力にしたほうがいい」と提案。そうだその手があった!僕はあの時立ち込めた暗雲から一筋の光を見出したりょうくんの提案を今でも鮮明に覚えている。コガネシティにはワンリキーのきんにくを交換してくれる人がいる。レベリング以外の策を捻り出したりょうくんは聡明だ。そして、ヒノアラシを選択してアカネのミルタンクに苦渋を飲まされた経験の持ち主に違いなかった。

 

 

 翌日、「見つからなくてめんどくさくなったから、昨日はあんまりやらなかった。」という報告を受け、りょうくんの導き出した光明はあっけなく消えた。それじゃあと、2人でオタチのレベリングを提案。渋る姫から小出しに得る情報でなんとか説得し、また次の日に報告を受けるというルーチンがその日から続いた。部活も無くなり、先に控えるのは高校受験。現実から逃避し打ち込める何かが生まれた気がした。そして、何ものとも形容し難い協働関係が、彼女たちにしか分からない世界が、そこにはあった。

 

 

 1週間ほど経過しアカネのミルタンクはレベル30台のオオタチに蹂躙された。ずつきを連発したとかだったと思う。それからは、木が邪魔だ(ゼニガメじょうろを入手し、ウソッキーを倒す必要がある)、ジムにリーダーがいない(アサギのとうだいでミカンと会話する必要がある)、滑ってすすめない(こおりのぬけみち)と姫の端的な苦情に、2人の男子中学生がかしずいてアドバイスをした。ストーリーは進み、オオタチのレベルが上がり、季節は秋に差し掛かっていた。

 

 四天王に挑むころにはオオタチは三食パンチに「なみのり」を習得し、ノーマルタイプなのにノーマル技を持たない異形のモンスターと化していた。あの小さな手足でどんなパンチを繰り出していたのだろう。書いていて怖くなってきた。

 

そして今考えると、世に言う縛りプレイと形の違う姫プレイを同時に行っていたわけだ。僕とりょうくんがひきだしをひっくり返して、厨パを作り上げる超接待姫プレイもできたが、それは誰からも提案されなかった。オオタチ縛りをしているその銀バージョンのプレイ画面を最後まで見ることは無かった。この後姫が最後までプレイし、チャンピオンになるのだ。確かに、彼女たちにしか分からない世界が、そこにはあった。

 

 

 ついにその時が来た。手持ちの戦力はオオタチと赤いギャラドスだけだったと記憶している。その他の有象無象を死に出しで出して、かけらで復活させてオオタチで殺るが基本方針。ピーピーエイドは貴重だから、使って負けたらリセット。弱点を突けない敵だったら、「なみのり」で押す。姫は忠実にそれを守ってくれた。と思う。チャンピオンに登りつめた時、オオタチは78レベルだった。

 

レッドのピカチュウもびっくりなレベルだ。言い知れぬ達成感があった。に違いない。画面も見てないし、他の誰かに話しても伝わらないだろうが、3人には言い知れぬ達成感があった。りょうくんと再会しこの話をしたら、きっとその日の酒が美味くなると思う。姫はどうだろう、覚えてないかもしれないけれど。

 

 この後、面倒な色恋とか、3人が何故か同じ高校に進むとか、色んな後悔とか、いくらでも蛇足で茶を濁したり話を引き伸ばしたりはできる。が、それは野暮だ。ただ、他の姫のいるオタサーにも、クラッシュ話や童貞赤っ恥話だけではなく、こんな世界があったらいいなと切実に思ったりする。

 

もし仮にその世界があったとしたら、僕には理解できないと思う。ただ、この時間違いなく、彼女と彼と僕の3人にしか分からない世界が、そこにはあった。