膳所とこんなにはやく再会するなんて|『成瀬は天下を取りにいく』/宮島未奈著

まだ僕が無職になるちょっと前、京都に旅行に行った時だった。電車の色とか雰囲気とか、エスカレーターの乗る位置とか落下防止柵の形の違いだったりとか。物珍しさを感じるのも旅行の楽しみの1つで、それを噛みしめている時に出会った。西日本は難読地名が多く、京都駅の看板を見合ってあれって何て読むんだろうと言い合っていた地名、それが膳所だった。

 

その時認知したローマ字の「Zeze」は字面でも全然見慣れていなくて、拼音を眺めているような感覚すらあったのに、『成瀬は天下を取りにいく』を読んで、いい意味でよくある地方都市になった。

 

無くなった西武大津店、大津・草津彦根・長浜との位置関係、湖畔を走るミシガン、町内会のお祭り。どこにでもあるような地方都市の風景が、なんだかとても馴染み深いものに感じた。琵琶湖畔はどこにでもないか。

 

どこまでも快活で気持ちの良い主人公、成瀬の存在も一風変わった女の子だが異質さが妙に感じられない。特に、後半に見せる人間らしさはとびきり彼女を魅力的に映したし、膳所を微細に描きながらも「どこにでもあるような地方都市」足らしめたように思う。

 

彼女の無二の親友、島崎も成瀬の引き立て役のように見えて、この物語の主人公らしい動きで楽しかった。普通ぶっているが、実は一番すごいバランス感を持って成瀬と接し、青春の手触りを感じさせてくれた。

 

滋賀県膳所を舞台に縦横無尽で取り留めのないお話なのに、読者それぞれの青春を想い起こさせて懐かしむことのできる素敵な作品だった。そして、膳所を、地名だけ知っている町から、なんとなく雰囲気も知っている地方都市に変えた、唯一無二の作品だった。

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