『Fantôme』

「人間活動に専念して帰ってきた宇多田は死生観を漂わせる歌を歌うようになったよね」いつぞや友人とこんな話をしていた。

 

『Fantôme』が世に出されてすぐのころだったと思う。人間活動に専念し、母の死と自身の子を授かる経験を経て、宇多田自身の価値観の変化が間近に感じられる作品だった。「死生観、確かにそうだね」と同意して、この曲が良いとか、エヴァの影響がどうとか話した記憶がある。当時は僕自身のあるかないか瀬戸際の死生観にすら訴えかけてくる静かなパンチを食らっての、なんの気なしの虚心坦懐の会話だった。

 

そんな折から6年ちょっと、おぼろげになった死生観を携えて聴く『Fantôme』はとんでもなかった。悩み、受け止め、寄り添う。今聴いちゃいけない作品だった。まだ「おぼろげ」くらいの死生観に、パンチじゃなく論破で食らわせてくるとは思わなかった。寄り添い論破、慈愛に満ちた論破だった。KOHHで笑っちゃったけれど。王子の高架と空気と匂いが少し漂ってきたけれど。あの時吐いたゲロのことも思い出したけれど。

 

月日が経って、自分の感情に折り合いがついて。いつになるかわからないけれど、苦尽甘来の時に聴く『Fantôme』もまた違ったもので食らわせてくるのかな。きっと死生観の先にある母性をより色濃く感じることができるのかな。小さな楽しみが1つできた。

 

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